私たちが今、当たり前のように使っている玄関のシリンダー錠。その洗練されたメカニズムのルーツを辿ると、なんと4000年以上前の古代エジプトにまで行き着きます。鍵と錠前の歴史は、まさに「守りたい」という人類の願いと、それを破ろうとする者との、終わりのない「いたちごっこ」の歴史そのものなのです。錠前の最も古い原型とされるのは、古代エジプトで発明された木製の巨大な錠前です。これは、かんぬきを固定している木製のピンを、大きな木製の鍵で持ち上げて解錠するという仕組みで、現代のピンシリンダー錠の基本原理をすでに見出すことができます。その後、錠前の技術はローマ帝国で発展し、中世ヨーロッパでは、ギルドの職人たちが、富と権力の象徴として、精巧で美しい装飾が施された鉄製の錠前を数多く生み出しました。しかし、現代につながる、小型で信頼性の高いシリンダー錠の直接の祖先が誕生したのは、産業革命後の19世紀のことです。1861年、アメリカのライナス・エール・シニアと、その息子であるライナス・エール・ジュニアが、古代エジプトの原理を発展させ、現代のピンタンブラー錠の基本となるシリンダー錠の特許を取得しました。この発明により、鍵の大量生産が可能となり、一般家庭にも広く普及していくことになります。日本においても、高度経済成長期に、安価で製造しやすいディスクシリンダーが爆発的に普及し、家の鍵のスタンダードとなりました。しかし、20世紀末になると、ピッキングによる侵入犯罪が社会問題化。それに対抗すべく、日本の鍵メーカーは技術の粋を集め、ピッキングが極めて困難な「ディンプルシリンダー」や「ロータリーディスクシリンダー」といった、世界にも誇る高性能な防犯錠を次々と開発し、現在に至ります。古代の知恵から、現代の精密技術へ。小さなシリンダーの中には、人類の長く、そして壮大な「防犯の物語」が、ぎっしりと詰まっているのです。
シリンダー錠の歴史、古代エジプトから現代のディンプルキーまで