大学進学を機に、私は初めての一人暮らしを始めることになった。期待に胸を膨らませ、不動産屋で物件の契約手続きを進めていた時のこと。担当者から渡された初期費用の見積書に、私は見慣れない項目を見つけた。「鍵交換代 22,000円」。敷金や礼金は理解できる。しかし、なぜ鍵を交換するだけで2万円以上もかかるのか、当時の私には全く理解できなかった。「あの、これって何ですか?前の人が使ってた鍵じゃダメなんですか?」。私の素朴な疑問に、担当者は丁寧な口調で、しかし真剣な表情で説明を始めた。「前の入居者さんや、そのご家族、もしかしたら恋人だった人が、合鍵を持っている可能性がゼロではないんです。もし、その誰かが悪い考えを持っていたら…と考えると、そのままの鍵をお渡しすることは、セキュリティの観点からできないんですよ」。その言葉に、私はハッとした。新しい生活への期待ばかりで、防犯という視点がすっぽりと抜け落ちていたのだ。見知らぬ誰かが、自分の部屋の鍵を持っているかもしれない。そう想像した途端、背筋が少し寒くなった。それでも、学生の身には22,000円という金額は大きな負担だ。「そんなにかかるものなんですか…」。私がなおも渋い顔をしていると、担当者は「これは、Aさんがこの部屋で安心して暮らすための、いわば『お守り』のようなものだと考えていただけると…」と付け加えた。その言葉が、妙に私の心に響いた。そうだ、これは単なる出費ではない。これからの私の安全な暮らしへの投資なのだ。そう思うと、不思議と納得することができた。数週間後、引越しを終え、不動産屋で真新しいパッケージに入ったピカピカの鍵を3本受け取った。その鍵で初めて自分の部屋のドアを開けた瞬間、私は確かな安心感に包まれた。この鍵を持っているのは、世界で私と管理会社だけ。この部屋は、本当の意味で私だけの空間になったのだ。あの時の22,000円は、決して安い金額ではなかった。しかし、それは私に、新しい生活への自覚と責任、そして何物にも代えがたい心の平穏を与えてくれた、忘れられない「お守り代」となった。
初めての一人暮らしと2万円の鍵交換費用