認知症の方の徘徊は、もはや一つの家族だけの問題ではなく、地域社会全体で支え、見守っていくべき課題となっています。そして、その地域ぐるみの見守りネットワークの中で、個々の家庭で行う「鍵」による対策は、どのような役割を担うのでしょうか。それは、徘徊行動の「最初の発生」を防ぐ、最も重要で、かつ基本的な防波堤としての役割です。地域による見守りや、GPSによる追跡システムは、あくまで「徘徊が発生してしまった後」の対策です。もちろん、これらが早期発見・保護に絶大な効果を発揮することは言うまでもありません。しかし、最も理想的なのは、そもそも危険な徘徊行動そのものを起こさせないことです。ご本人が事故に遭うリスクをゼロにするためには、まず家の中から外へ出るという最初のステップを、物理的に防ぐことが何よりも重要になります。そのために、各家庭が、補助錠やサムターンカバー、電子錠といった適切な鍵を設置し、一次的な流出を防ぐ。これが、地域見守りネットワークの土台を支える、各家庭の「責任」とも言えるでしょう。この家庭内の対策がしっかりと機能していれば、地域社会の負担も軽減されます。しかし、時には、どんなに厳重な対策を講じても、ご本人が外へ出てしまうことがあるかもしれません。その時に、初めて地域社会の力が発揮されます。事前に、地域の民生委員や近隣住民、よく利用する商店などに、「うちの家族は認知症で、もし一人で歩いていたら声をかけてほしい」と事情を説明し、協力を依頼しておく。地域の「徘徊SOSネットワーク」などに事前登録しておく。こうした顔の見える関係づくりと、公的なシステムへの登録が、二次的な防波堤となります。さらに、GPS端末を持ってもらうことで、万が一、地域の方々の目からも見失ってしまった場合の、最終的なセーフティネットが機能します。つまり、「家庭の鍵(一次防波堤)」→「地域の目(二次防波堤)」→「GPS追跡(最終防波堤)」という、多層的な防御体制を築くのです。この中で、最も基本的で、かつ日常的な安全の基盤となるのが、やはり家庭の鍵です。家族の愛情と責任をもって適切な鍵を選び、設置すること。それが、愛する家族を守り、ひいては地域社会全体の安心に貢献するための、確かな第一歩なのです。