私の父が認知症と診断されてから、数年が経ちました。症状はゆっくりと進行し、最近では、夜中にふらりと家を出て行こうとすることが何度かありました。幸い、すぐに気づいて事なきを得ていましたが、母と私は、いつか本当に徘徊してしまい、事故に遭うのではないかと、夜も安心して眠れない日々が続いていました。そんな時、ケアマネージャーさんから、徘徊防止に特化した鍵への交換を勧められました。父のプライドを傷つけてしまうのではないか、家を牢獄のように感じさせてしまうのではないかと、最初はためらいがありました。しかし、母の日に日に増していく心労と、何よりも父自身の安全を考えた時、私たちは決断しました。インターネットで専門の鍵業者を探し、事情を説明して相談に乗ってもらいました。業者の方は、私たちの不安な気持ちをよく理解してくれ、いくつかの選択肢を提案してくれました。その中で私たちが選んだのは、室内側からは専用のディンプルキーでなければ施錠・解錠ができず、室外側からは通常の鍵で操作できるという、特殊な補助錠でした。これなら、父が自分で内側から鍵を開けて出て行ってしまうのを防ぎつつ、私たち家族は外から自由に出入りできます。また、万が一の火災などの際には、消防隊などが破壊しやすいように、あえて強度が調整されているという説明にも、安全への配慮を感じ、安心しました。工事当日、私は父に「お父さん、最近物騒だから、玄関の鍵をもっと安全なものに替えるね。これでお母さんも安心して眠れるから」と、できるだけ明るく伝えました。父は、少し不思議そうな顔をしていましたが、黙って頷いてくれました。作業は一時間ほどで終わり、新しい鍵が取り付けられました。その夜、私は久しぶりに、途中で目を覚ますことなく、朝までぐっすり眠ることができました。母も、心なしか表情が和らいで見えました。鍵を交換するという行為は、父の行動を制限するという、心苦しい側面もあります。しかし、それは父を閉じ込めるためではなく、父がこの家で、一日でも長く、安全に、そして穏やかに暮らし続けるために、私たちができる精一杯の愛情表現なのだと、今では思っています。