賃貸物件からの退去準備を進める中で、ふと鍵が一本見当たらないことに気づく。それは、引越しの慌ただしさの中で起こりがちな、しかし非常に深刻なトラブルです。たかが鍵一本と軽く考えていると、退去時の精算で思わぬ高額な請求をされ、驚くことになるかもしれません。なぜ、鍵を一本紛失しただけで、高額な費用が発生するのでしょうか。その理由は、単に合鍵を一本作るのとは訳が違うからです。鍵を一本でも紛失した場合、原則として「シリンダー(鍵穴)ごと全て交換」となり、その費用は全額、紛失した入居者の負担となります。たとえスペアキーが手元に残っていたとしても、この原則は変わりません。なぜなら、なくした一本の鍵が、どこで、誰の手に渡っているか、誰にもわからないからです。その鍵が悪用され、次の入居者が空き巣などの犯罪被害に遭ってしまったら、その責任は誰が取るのでしょうか。安全な住環境を提供する義務がある大家さんや管理会社は、そのようなリスクを放置することはできません。そのため、紛失した鍵を無効化し、次の入居者の安全を100%確保する唯一の方法として、シリンダーごと交換するという措置を取るのです。これは、入居者の不注意(過失)によって生じた事態であるため、その修繕費用は、賃貸借契約における「原状回復義務」の一環として、入居者が負担することになります。気になる費用の相場ですが、これは鍵の種類によって大きく異なります。昔ながらのギザギザした形状のディスクシリンダーキーであれば、部品代と作業費を合わせて15,000円から20,000円程度。しかし、近年主流となっている、表面に複数のくぼみがある防犯性の高いディンプルキーの場合は、構造が複雑で部品代も高価なため、20,000円から30,000円以上かかることも珍しくありません。この費用は、一般的に退去時に預けている敷金から差し引かれる形で精算されます。鍵の紛失は、予期せぬ大きな出費に繋がります。最もやってはいけないのは、紛失の事実を隠し通そうとすることです。退去の立ち会いで必ず発覚しますので、紛失に気づいた時点で、速やかに正直に管理会社へ報告することが、問題をこじらせないための最善策です。